The Study of Bag End

プラウ・アンド・ハロウ

バーミンガムにあるホテル、プラウ・アンド・ハロウの玄関には、トールキンの名を掲げるブルー・プラークがあります。「1916年6月、『指輪物語』の著者J・R・R・トールキンはここに宿泊しました」と書かれています。

トールキンの詳細な行動をたどった『J. R. R. Tolkien: the Companion and Guide: Chronology』によると、宿泊したのは6月3日から4日にかけてのこと。当時は第一次世界大戦下にあり、トールキンがいよいよフランスへ向かう直前ことです(6月6日にはフランスにいましたから)。1

ブルー・プラーク
ブルー・プラーク Photography © The Study of Bag End

このホテルのあるバーミンガムのエッジバストン地区には、トールキンが少年時代を過ごした家が数カ所あります。エディスさんと出会ったのもこの地区。お二人にとって馴染みのある土地なんですね。フランス行きを直前に控えたこの日、トールキンはエディス夫人とここへ宿泊しました。2

地元、バーミンガム図書館のアーカイヴにポストカードになった写真が残されていました(埋め込み許可あり)。1900年から1910年頃の外観とのこと。トールキンが宿泊したのは1916年なので、雰囲気はこんな感じだったのかもしれないですね。

Plough and Harrow Hotel, Edgbaston
Plough and Harrow Hotel, Edgbaston – Birmingham Images

上記のアーカイヴによると、ホテルの起源は17世紀まで遡るそうですが、建物自体はヴィクトリア朝初期の建築の特徴を持つそうです。

プラウ・アンド・ハロウ
ホテル外観 Photography © The Study of Bag End
プラウ・アンド・ハロウ
ホテル外観 Photography © The Study of Bag End

この周辺は今ではビジネス街といった趣き。ホテルの目の前の大通りは自動車がひっきりなしに走っています。ホテルの中も客室の他に会議室があって、周辺の変化に応じてこのホテルも姿を変えてきたのかもしれません。ちなみに結婚式のホールもあります(トールキンとエディスさんが結婚式をしたのはウォリックですが)。

ハグレー通り
ホテル前の大通り Photography © The Study of Bag End

1905年のこのホテルを外から撮った写真では、前の大通りを荷馬車が走っています。3トールキンが少年時代をエッジバストンで過ごしたのは1902年からオックスフォードへ行く1911年までのことでしたから、この景色を見て暮らしていたのだろうと思います。

プラウ・アンド・ハロウというホテルの名前は、日本語にすると鋤と馬鍬です。どちらも農耕道具ですね。ホテルのシンボルにもなっています。今の建物が建築されたのは1704年。4現在は新館もありますが、スイートルームやトールキン夫妻が宿泊した部屋はおそらく昔からある建物(本館と呼んだらいいのかしら)のほうにあるのだと思います。

シンボル

せっかくエッジバストンを訪れたので、このホテルに宿泊してきました。新館に通され客室は質素でしたが、本館のラウンジやレストラン、本館の廊下などは重厚なインテリアが魅力的です。木材と絨毯の組み合わせが素敵で気に入っています。トールキンが泊まった頃からどれくらいかわったのでしょうか?

館内
館内
館内

こういったオールドスタイルがお好みのかたは宿泊するのも楽しいと思いますよ。エッジバストン地区のトールキンゆかりの地めぐりをするのにも便利な立地でした。

プラウ・アンド・ハロウの地図