The Study of Bag End

年齢にふさわしい敬称へ見直されたホビットたち

2020年発売の『指輪物語』電子書籍版は、これまでの翻訳が見直されました。この記事では新旧の翻訳を比較したり、「追補篇」で確認しないと気が付きにくい改善だと感じられた、年齢に応じた敬称の見直しについて扱います。

『指輪物語』第一章「待ちに待った誕生祝い」には、ホビット族が多数登場します。誕生祝いの宴に出席したのはたいていビルボとフロドの親戚。ここに取り上げるホビット三人は一度名前が挙がったきり、物語上(※にぎやかし要員としての役割以外は)重要な役割のある人物ではないですが、登場の仕方はそれぞれに印象的です。

彼らの名前の後ろにつく敬称が年相応になったので、年齢や登場する場面を振り返りながらどう見直されたのかを見ていきましょう。

「坊ちゃん」から「若さん」へ

Master Everard Took
旧版
エベラード・トゥック坊ちゃん
新版
エベラード・トゥック坊ちゃん
最新版
エヴェラード・トゥック若さん

エヴェラード・トゥック若さんは、トゥック家の家系でビルボから見ていとこの孫(first cousin twice removed)、フロドから見てまたいとこの子(second cousin once removed)。みんなトゥックじいさまの子孫です。

ビルボの別れの宴のあった年に、エヴェラードは21歳でした。こうして年齢を確認してみると、たしかに坊ちゃんというお年ではないんですね。

ちなみにフロドがビルボの養子になったのも21歳の時。ホビットにとっては「気楽な20歳代」だそうですよ。ホビットの成人年齢は33歳ですが、ホビットにとって20歳代というのが子供というわけでもなく、「気楽な」と約されている ‘irresponsible’ というのは大人のような責任を問われない年代ということなんですね。大人になってここを読んでみると、羨ましい社会だなぁと思ったりしますね……。

エヴェラードの出番はどこか? という話は説明するまでもない方も多くいらっしゃると思いますが、次の嬢さんと一緒に取り上げますね。

「嬢ちゃん」から「嬢」へ

Miss Melilot Brandybuck
旧版
メリロット・ブランデーバック嬢ちゃん
新版
メリロット・ブランディバック嬢ちゃん
最新版
メリロット・ブランディバック嬢

メリロット・ブランディバック嬢は、宴の時に16歳。“嬢ちゃん”という敬称は、16歳にはたしかに子供扱いすぎる感じもします。

ところでメリロットはフロドにとってまたいとこの子(second cousin once removed)。ボルジャー家系的にもつながりがあります。

先ほどのエヴェラードとメリロットは、ビルボのスピーチがはじめの方で「ビルボおじさんのお話ももうこれでおしまいと考えて」、「テーブルの上に乗って、手に鈴を打ちふりながら、にぎやかな踊り」をはじめた二人です。

この「にぎやかな踊り」(Springle-ring)はトールキンが作ったもので、跳ね上がったりしながら踊るもののようですよ。今回の改訂で、「にぎやかな輪舞」から「にぎやかな踊り」にかわりましたが、 ‘a vigorous ring-dance’ とのことなので輪舞ではあるみたいです。

話題はそれますが、トゥック家とかブランディバック家とかの話が出ていますが、メリーとピピンは何歳だったのかも確認してみます。メリーは19歳、ピピンは11歳。フロドよりもエヴェラードやメリロットと年が近いんですね。
ピピンはフロドとの旅に同行する段になって(17年後)、ビルボが消えたりした騒動をうれしそうにブリー村の衆に語って聞かせますが、少年時代のピピンも「谷」のマークのクラッカーを鳴らしたり、ガンダルフの花火を喜んだ子供たちの中に数えられていたのかもしれません。

A Reader’s Companion, p. 68 参照

「青年」から「坊や」へ

「上足家だ!」のオド老人の孫のサンチョ。オドとビルボはいとこ(first cousin)同士です。

young Sancho Proudfoot
旧版
足高家のサンチョ青年
新版
足高家のサンチョ青年
最新版
足高家のサンチョ坊や

サンチョはビルボの別れの宴の翌日、袋小路屋敷に潜り込んだホビットの一人。フロドは彼と「取っ組み合いを演じ」たそうですし、これまで「青年」と訳されてきましたから、同体格のホビットを一人追い出したような印象を受けます。けれど、彼の年齢を確認すると11歳とまだ少年ではないですか。この場合の訳語としてはたしかに「青年」よりも「坊や」が適していますね。

この ‘Young’ という言葉も意味の広い言葉なので文脈に応じて訳し分けが必要なんでしょうね。ここまで年齢を算出するうえで参照した『指輪物語 追補篇』は旧版の頃には翻訳範囲外だったことも関係しているのかもしれませんね。細かな点まで見直していただいたことは一ファンとしてとても喜ばしいことだと思います。

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