The Study of Bag End

最新版『指輪物語』での日本語表現の見直しー「旅の仲間」編

2020年末に発売された最新版『指輪物語』は、1992年の新版をベースに見直された改訂版です。新版から最新版で改訂されたテキストを探すと、変更には様々な理由があることがうかがえます。この記事では、原文の変更はないものの日本語表現が見直されたテキストを見ていきます。まずは、第一巻「旅の仲間」からはじめましょう。

取り上げるのはごく一部の、作品への理解がほんのり変化するような改訂の他、特筆すべきと思った点です。読みにくいと言われることもある『指輪物語』をどうにか読んでもらいやすいものにしたい、より原文のニュアンスを反映したいという翻訳者の思いを個人的には感じました。非常に細かな見直しが多いです。

※ 電子書籍では頁数が固定されないため、具体的な頁を示すため新版のハードカバー版(普及版)を記載します
※ 最新版は、現在 Apple Books で利用できる『指輪物語』(バージョン1.0)を指します(追補篇のみバージョン1.1)
※ 章番号は電子書籍版に準じます
※ 引用の下線はすべて筆者によります
※ あくまでも一ファンによる変更の理由の推察としてお読みください

ホビット族の性質

『指輪物語』の冒頭には、ホビット族がどんな種族なのかを説明する序章があります。冒頭に近いこのテキストが変更されました。

こんなふうに、旧版・新版・最新版の訳の変更された部分を引用します。さらに、変化が比較しやすいよう下線を引きました。

旧版/新版
ホビット族は、きわめて表に出たがらない、さりながらはなはだ古い種族で、…

最新版
ホビット族は、人目にふれることきわめて少ない、さりながらはなはだ古い種族で、…

『旅の仲間』序章「一 ホビットについて」(上6頁)

従来の訳「きわめて表に出たがらない」から感じていたのは、ホビット族は目立つことを避けたいという積極的な意志を持っていそうだということ。最新版では「人目にふれることきわめて少ない」に変更されました。どうしてこう訳文が見直されたんでしょう? 原文を見てみると単語は unobtrusive が該当するようです。

原文
Hobbits are an unobtrusive but very ancient people, …

The Lord of the Rings, p. 1

辞書によると unobtrusive は「不要に注意を引かない」とか、「人目につかない、でしゃばらない、慎み深い、遠慮がちな」** になるらしい。最新版のテキストからは、ホビットの目立ちたくないという意志というよりは、単に彼らの特徴を説明するような文章になった印象を受けました。語義を見直して、訳文が変更されたのだろうと思います。

まあ、でもすぐ後で、われわれ「大きい人たち」を見るとホビットたちは慌てて姿を隠すという描写がありますから、「見られたくない」気持ちはやっぱりあるみたいなので、大きい人としては寂しいですが。

*OALD(原文を筆者が翻訳した)
** ジーニアス

イレブンジス

ビルボの111歳の誕生日の宴会で、お客たちは朝から晩まで食べっぱなしだったよという話をするところ。実はトールキン教授はイギリスの文化を描いていました。

旧版/新版
朝の十一時から、花火の始まる六時半まで絶え間なく食べていました。

最新版
朝の十一時の軽食から、花火の始まる六時半まで絶え間なく食べていました。

『旅の仲間』一「待ちに待った誕生祝い」(上42頁)

ごはんの少し前に小腹が空くのは、世界共通のようです。日本では午前中ならお菓子の時間は10時なんて言ったりしますが、イギリスの一部や英連邦では、11時頃に軽食をとる習慣があるみたいです。食べるのは、ビスケットや紅茶、コーヒーなど。辞書には今ではやや古風という記載もありましたが、この軽食は「イレブンジス」というんだそうです。このテキストの原文にも elevenses と書かれています。

原文
continuously from elevenses until six-thirty, when the fireworks started.

The Lord of the Rings, p. 27

従来のように「十一時」と訳されていても、ホビットたちが朝から夜まで食べ続けたことはわかります。けど、「十一時」では、その時間に昼食が始まったようにもみえるかも。誕生日の宴会の「正式な食事」は昼食、お茶、正餐と書いていますから。「十一時の軽食」になったことで、昼食とは別の食事であることがわかるようになりましたよね。

この食事は非正式だけど、待ちきれず宴会に早くやってきたお客への主催者からのサービスかもしれない。それに、トールキン教授がホビット族を説明するにあたって置き換えたイギリスの習慣から、イギリス文化の香りが漂ってくるものでもあります。

映画でも、ピピンがごはんを食べずに突き進む覚悟のアラゴルンに驚き慌てる場面がありますね。風見が丘の手前で、アラゴルンとメリーとのやり取りです。

アラゴルン
君たち、日暮れまでは休まないよ
Gentlemen, we do not stop till nightfall.
ピピン
朝ごはんはどうするの?
What about breakfast?
アラゴルン
もう食べたじゃないか。
You’ve already had it.
ピピン
一度目は、ね。二度目の朝食は?
We’ve had one, yes. What about second breakfast?
アラゴルン
(何も言わず立ち去る)
メリー
かれは二度目の朝食を知らないんじゃないかな、ピップ。
I don’t think he knows about second breakfast, Pip.
ピピン
11時の軽食は? 昼ごはんは? 午後のお茶は? 夕食は? 夜食は? 彼もそれは知ってるだろう?
What about elevenses? Luncheon? Afternoon tea? Dinner? Supper? He knows about them, doesn’t he?
メリー
期待できないね。
I wouldn’t count on it.
映画『ロード・オブ・ザ・リング/旅の仲間』より, 日本語は筆者が翻訳した。

こんなところにも、イレブンジスが登場していたんですね。この場面は何度観てもいいです。さて、次は原作のほうのピピンのせりふを取り上げます。

最初の旅でくたびれたピピン

フロドとサム、ピピンが徒歩で袋小路からくり窪(堀窪)を目指す途中のあるシーンです。まだナズグールに追いかけられる気配もなく、のんびりしていました。なにせ、食べる前に一休みをして、それから昼食をとって、さらに休憩したというのですから(食後の休憩は大事です)。

朝から歩き続け、くたびれたピピンが疲れを訴えます。

旧版/新版
「だけど、ぼくは休まずには行けないよ。」もうお昼にしていい時間でした。

最新版
「だけど、ぼくは休まずには行けないよ。もうお昼にしていい時間だよ。」

『旅の仲間』三「三人寄れば」(上129頁)

地の文だった「もうお昼にしていい時間でした。」は実は、ピピンのせりふだったようです。

日本語でいう閉じカッコにあたる「’」の位置を原文で見てみましょう。

原文
‘but I can’t go without a rest. It is high time for lunch.’

The Lord of the Rings, p. 73

ピピンは休憩とセットでお昼ごはんまで提案していたことがわかるようになりました。気が利いてます。

茸畑への近道

さて、今度はフロドのせりふです。ギルドール率いるエルフの一行と夜を過ごした翌朝、これからとるべきルートを相談します。

旧版/新版
何とか街道に出ないでまっすぐ行けるさ。」

最新版
ともかく道に出ない方がまっすぐ行けるさ。」

『旅の仲間』四「茸畑への近道」(上157頁)

ここはいくつか表現がかわっています。

  • 何とか → ともかく
  • 街道 → 道
  • 出ないで → 出ない方が

一つずつ見ていきましょう。ちなみに原文はこうです。

原文
‘We can cut straighter than the road anyway,’

The Lord of the Rings, p. 88

何とか → ともかく
フロドが決めたルートに対してピピンが反対します。「この土地じゃどこだって歩いてまっすぐ突っ切るなんてできやしない。」とか、「このあたりの土地は起伏が多いんです。[後略](引用同ページ)などと言います。これは幾分、ところざわ(切株村)の金鱒館(金のとまり木館)に寄ってビールを飲みたいという希望が含まれていたことが、少し読みすすめると発覚しますが。前日の道をずっと先まで行けばところざわを通ることになりますから、そんな希望をいだいていたんでしょうね。

ところでこのフロドのせりふです。新版での「何とか」、最新版での「ともかく」は、 anyway の訳語です。「何とか」は、「手段を尽くせばどんな方法かで、突っ切れるだろう」という目論見を持っているように思っていました。

anyway には、いくつか用法があるみたいです。話を切り上げたり、話題を転換したりする時に使うこともあるみたい。だから、最新版で「ともかく」としたのは、「ピピンの反対を断ち切って、どのルートをとるかという話題は終えたい」フロドの気持ちが反映されているのかもしれません。実際フロドはこの後、自分の選んだルートが近道になると主張します。ピピンはピピンで反対してフロドの主張を聞き入れないのですが……。

街道 → 道
フロドがここで指す「道」は、緑山丘陵を通ってところざわ(切株村)に抜ける道のことです。「街道」と翻訳されていましたが、最新版で「道」に変わりました。グレードダウンしましたね。

原文を見ていると the Road と the road の二種類が登場します。ここのフロドのせりふは the road で、「道」に変わりました。他の the road は「道路」という表記に変わっているところが多いです(例外は見つけましたが)。この変更により、もう一方、頭文字が大文字の the Road が街道(東街道)を指していることが、日本語のテキストから明確にわかるようになりました。

出ないで → 出ない方が
「何とか街道に出ないでまっすぐ行けるさ。」から「ともかく道に出ない方がまっすぐ行けるさ。」への変更の一番大きな点は、原文の比較級が反映されたところだと思います。道を通るより、突っ切っていったほうがバックルベリの渡し場までまっすぐ行けるだろう、フロドの旦那はそう言っています。

馳夫の頭髪について

これは、躍る小馬亭の集会室での、フロドと馳夫の初対面の場面です。

旧版/新版
フロドが近づくと、かれは頭巾を後ろにずらしましたので、半白のもしゃもしゃ頭が現れました。

最新版
フロドが近づくと、かれは頭巾を後ろにずらしましたので、白いもののまじったもしゃもしゃ頭が現れました。

『旅の仲間』九「躍る小馬亭で」(上288頁)

「もしゃもしゃ頭」という表現が好きです。原文では a shaggy head らしい。くしを入れていない、整えていない状態の頭髪の状態を指すようです。そりゃあもしゃもしゃでしょうよ。少し前まで、フロド一行を見つけ出すために東街道を見張っていたようですから。アラゴルンはフロドたちの出発をギルドールの仲間から聞いていたようですが、バック郷を出発した話は知らなかったみたい。だから、数日は東街道の近くで過ごしたかもしれません。

ところでバタバーのところで働くホビットのノブはバタバーに「もじゃもじゃ足ののろま」と叫ばれますが、これは「woolly-footed slowcoach」。日本語にすると「もしゃもしゃ」と「もじゃもじゃ」は同じ意味のようですが、原文では shaggy と woolly なので別物のようです。

ところで変更があったのは、引用の通り髪の毛の色の話です。

「半白の」から「白いもののまじった」になったんです。映画のアラゴルンを思い出すと指輪戦争の頃の髪の毛は、黒々とした印象です。でも、トールキンは実はアラゴルンの頭髪は白髪が混ざっていると書いています。

「半白」は文字通りに読むと頭髪の半分は白くて、なかなかのグレーヘアなんじゃないかと想像します。いえいえ、こういうときは辞書を引きましょう。国語辞典では「半白」というのは「白髪まじりの頭髪」と書いています。へえー。では、アラゴルンの髪の毛にはどのくらい白髪が混ざっているんでしょう? 原文には程度を表す単語が書かれていました。 flecked です。

原文
a shaggy head of dark hair flecked with grey,

The Lord of the Rings, p. 29

この flecked は、英語辞書に「非常に小さな面積」**、「まだら」***という程度だと書いています。やっぱり半分も白いってことはないんですね。ちょっと白髪があるなーという程度なんですね。

アラゴルンはこの時87歳。アラゴルンはドゥーネダインの血を引きますから210歳まで生きますけど、仮に寿命を100歳としたら41歳くらいの計算になります。白髪の生える年齢は人にもよりますし若白髪もありますから、一概には言えないでしょうけど、41歳くらいなら白髪がまばらにあってもおかしくない年齢ではありますね。

ところで友人たちにこの話をして気がついてもらったんですが、原文をよく読んでみると、アラゴルンの髪の毛についてもう少し説明があるんです。はい、アラゴルンの髪の毛は dark hair がベースなんですね。ここではそれが出ていないんですが、後の方で「黒い髪」と訳出されていました(黒い色についてここでは「半白」及び「白いもののまじった」に含んでいるのかも?)。 dark hair は「黒髪と濃い茶色の髪の両方を指す」***そうです。だから、 dark hair と書かれていても、微妙な違いがあるかもしれないですね。『The Lord of the Rings』には、アラゴルンだけでなく、エルロンド、アルウェン、ボロミル(ボロミア)やファラミル(ファラミア)の髪の毛の色も dark と書いていましたよ。

* 大辞林
** OALD
*** ジーニアス

小馬亭で、指輪を外した後のフロド

テーブルの上で気分よく歌い、うっかり指輪をはめてしまったフロド。決まりが悪くなり、いそいそと馳夫のところへ戻っていたというのが従来の翻訳でした。

旧版/新版
テーブルの下からこそこそ逃げ出し、馳夫のそばに行きました。

最新版
テーブルの下からこそこそ逃げ出し、馳夫のそばの薄暗い隅っこに行きました。

『旅の仲間』九「躍る小馬亭で」(上295-6頁)

フロドはこれより前にバタバーから、馳夫は怪しい人物だと聞いました。ですから、ちょっと会話した程度で気を許さないでしょう。それも、ピピンが明け透けに話してしまうのを止めるために入って過ちを犯した後のことです。だから、ここのフロドの行動には、読んでいて少し違和感がありました。

実はこれまで、訳が一部落ちていたようです。原文の下線部をご覧ください。

原文
… he crawled away under the tables to dark corner by Strider,…

The Lord of the Rings, p. 160

新訳では、馳夫の近くではあるものの、フロドは薄暗い隅っこ目指して移動したということがわかるようになりました。細かいですが、これなら前述のような違和感はなくなると思いませんか?

ガンダルフ、ボロミルの提案を却下する

旅路は先ほどの場面からうんと進みます。指輪の一行が裂け谷を出発して、カラズラスの峠越えを阻まれた後の場面です。どのルートをとるべきか仲間うちでもめますが、ボロミル(ボロミア)がモリア行きに反対して、ローハン谷もしくは白の山脈の南側に出てはどうかと提案します。

これに対してガンダルフが異を唱えます。ローハン谷はアイゼンガルドに近すぎるので通れないと述べたあとに続くせりふです。

新版
「もう一つの迂回路を通るには、それだけの時間の余裕がない。そちらを回れば一年かかるかもしれぬ。それに人も住まず、港もない土地土地を通って行かねばならぬ。…

最新版
「もう一つの迂回路を通るには、それだけの時間の余裕がない。そちらを回れば一年かかるかもしれぬ。それに人も住まず、身を隠すところもない土地土地を通って行かねばならぬ。

『旅の仲間』十六「暗闇の旅」(下154頁)

南ゴンドールは沿岸地域ですから、港あるんじゃないかなって思っていました。アンファラスはどうなっているかわかりませんが、海に面していれば少なくとも漁港はあるのではないかと。

ボロミルが提案したルートはこうです。アイゼン川を渡る → 長浜(アンファラス)伝いにレベンニンへ出る。

この後は語っていませんが、そこからミナス・ティリスへ行くことを考えていたのでしょう。レベンニンに出てからは、アラゴルンが死者の道を経由してミナス・ティリスへ向かう時に使った道と、同じルートが念頭にあったかもしれませんね。

ゴンドールの地図
J・R・R・トールキン著、瀬田貞二・田中明子訳『新版 指輪物語〈1〉/旅の仲間』、audiobook.jp 版(評論社) 添付資料より一部拡大

地図を見ながら説明を聞いたら、やっぱりどこかしら港はありそうじゃないですか? 少なくともイムラヒル大公のドル・アムロスにはあるんじゃないでしょうか。ですから、ここが「身を隠すところもない土地土地」に変わったことは個人的に納得できました。原文はどうでしょう?

原文
…, and we should pass through many lands that are empty and harbourless.

The Lord of the Rings, p. 296

「港もない」もしくは「身を隠すところもない」が対応する単語は harbourless です。この一部、ハーバーが港なのは、日本語にもすっかり定着していると思います。けど、辞書を引いてみると harbour には「港」以外の意味もありました。

この単語は harbour + less で構成されています。まず最初の harbour は「港」の他に「避難所」とか「隠れ場所」という意味があるみたいです。そこに「…のない」という意味の形容詞をつくる接尾辞 -less をつけると「身を隠すところもない」とできるようです。

*ジーニアス

使用した辞書

いずれもアプリ「辞書 by 物書堂」のバージョンを使用しました。

  • オックスフォード現代英英辞典(第10版)(OALD) – オックスフォード大学出版局
  • ジーニアス英和・和英辞典(第5版/第3版) – 大修館書店
  • ウィズダム英和・和英辞典(第4版/第3版) – 三省堂
  • 大辞林(第四版) – 三省堂
  • 新明解国語辞典(第八版) – 三省堂

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