中つ国第三紀におけるプリンスの称号
“Prince” と聞いて思い出す日本語はなんですか? 私は王の息子を意味する「王子」という訳語を思い浮かべるのですが、中つ国ではそうではないようです。
『指輪物語』などトールキンの物語を読むと、ホビット庄とブリー村の住人以外は名字を持っていないことに気が付きます。一歩外へ出たところでは、名字を持たず親の名と名前を合わせて名乗ります。「アラソルンの息子アラゴルン」、「エオムンドの息子エオメル」のように。王の息子にあたる人物たちも例外ではありません。彼らが “Prince” と名乗ることも呼びかけられることはありません。しかし、「指輪物語」の原書の中で “Prince” は後半になるほど出現回数が増えます。
日本語版のみを読んでいると気がつかないことですが、ドル・アムロスのイムラヒル大公の英語表記は “Prince Imrahil” です。彼の祖先はエレンディルと血縁関係にあったようですが、王の息子ではありません。1これはどういうことでしょうか。
“Prince” の語源をたどると「王の息子」ではなく「第一人者」という意味を持つことがわかりました。
ラテン語で「第一人者・筆頭者」を意味するプリンケプス(プリーンケプス、prīnceps)が、英語のプリンスの語源である。
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そして現在もいくつかのヨーロッパの公国の元首は “Prince” の称号を持っています。
話を中つ国へ戻します。ドル・アムロスの領主はかつてエレンディルから “Prince” の称号を与えられ、イムラヒルの時代まで脈々と受け継いでいきました。2中つ国における “Prince” は「王子」ではなく、”Prince”の元々の意味に倣ってつけられた称号ということになります。
指輪戦争の後、ファラミアにはアラゴルンから “Prince of Ithilien” の称号が与えられました。ゴンドールを脈々と守り続けたがゆえに執政家に与えられた「イシリエンの領主」という身分がどれだけ高いものなのかが、与えられた称号から推測できますね。ご存命中のデネソール候に教えてあげたいものです。
ところでピピンはゴンドールで「エアニル・イ・フェリアンナス(小さい人族の王子)」と呼ばれます。エアニルは “Prince” のシンダール語に当たりますが、瀬田貞二さんはここでは “Prince” を王子としているのですね。前述の通りゴンドールではプリンスと言えば大公のことです。日本語版からは理解しづらいですが、ミナス・ティリスの人たちにピピンがどれだけ身分の高い人間と思われたのかがこの “Prince” という言葉から推測できます。
“Prince” という一単語から言語の大家であるトールキンらしい言葉選びと、言葉の歴史を知る機会になりました。
理解に至るまで多数のお知恵を拝借しました。ありがとうございました。