The Study of Bag End

トールキン教授は妻を「ルーシエン」と呼んだことはなかった

伝記映画『トールキン』(原題)が日本で公開されるニュースを待ち望む今日この頃です。先週予告第一弾が公開されました。海外メディアではかなり大規模に取り上げられ、英語圏のニュースは大なり小なり日本のニュースと比べ物にならないほど…うらやましい。『ホビット』の映画以来、トールキン教授のことや作品のことが日本のメディアに取り上げられることが少なかったので、わずかでもうれしい限り。伝記映画『トールキン』のティーザー・トレイラーを取り上げた日本のメディアの記事を集めました。ただ、トールキンのことを理解したいと思う身にとってエラーは困りものです。事実と異なる点については指摘を書き添えます。…まさかりを投げているつもりではないことをご承知おきください。

  • 指輪物語の原作者トールキンはなぜ「中つ国」を書かざるを得なかったのか?を描いた伝記映画「TOLKIEN」予告編公開中 – GIGAZINE
    GIGAZINEは、予告動画の訳文を書き出して解説くださっています。短い記事ですが、記事のタイトルにある通り書かざるを得なかったのか?という視点から書いているのは情報が精査できているからこそつけられるタイトルだと思います。書かざるを得なかったと、私もそう思います。このタイトルを見て、私はライターさんの中に教授のファンがひとりくらいいらっしゃるのではないかと勘ぐったくらいです。
  • 『ロード・オブ・ザ・リング』原作者J.R.R.トールキンの伝記映画、米予告編が公開 ─ 『X-MEN』ニコラス・ホルト主演 – THE RIVER
    トールキンの幼少期やイギリスの田舎で過ごした記憶はホビット庄、オックスフォードの思い出はアイゼンガルド、第一次世界大戦で受けたトラウマは仲間や戦争、森林伐採について描くきっかけとなったそうだ。1 の一文は、The Playlistの記事を参考文献としていますが、この内容のオックスフォードに関してははじめて聞いた話で、私はよく知りません💨。調べてもわからなかったので、出処をご存じでしたら教えていただけるとうれしいです。🙇🏻‍♀️

    トールキンが少年時代を過ごしたバーミンガムのエッジバストン地区にある、水道局の塔とペロット・フォリーが二つの塔のモデルになったのではないかと言われているそうですが…。2 現地に行ってきましたが、おそらくは毎日見えていたと思います。特にスターリング通りに住んでいる頃は。トールキンは「二つの塔」はアイゼンガルドのオルサンクとミナス・モルグルとして描いていました。3

  • 『ロード・オブ・ザ・リング』原作者の人生を描いた映画『Tolkien』の予告編が公開 – FRONTROW
    参考文献は不明ですが、2点エラーがあります。1点目はしかし大学在学中に、公然の「秘密結社」であるT.C.B.S.を仲間と結成。4。T.C.B.S.はバーミンガムのキング・エドワード校時代に結成されたので、大学在学中ではありません。2点目はトールキンは妻エディスのことを、彼の作品の中に出てくる妖精ルーシエンに例え、「私のルーシエン」と呼んでいたそう。5 ですが、トールキンは息子クリストファ・トールキン宛ての手紙の中でこのように綴りました。

    I never called Edith Lúthien – but she was the source of the story that in time became the chief part of the Silmarillion.6

    これは『The Letters of J.R.R. Tolkien』いわゆる「書簡集」に収録されている手紙の一文で、悲しいながらも美しい一文です。

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