The Study of Bag End

伝記映画に対するトールキン財団の声明は何だったのか

J・R・R・トールキンの前半生を描く『トールキン 旅のはじまり』について、トールキンの遺族とトールキン財団が作品を認めないというニュースが、2019年4月に駆け巡りました。海外メディアで報じられた後、日本の映画情報サイトなどでも追って報じられました。本作にご興味のある方は「遺族が難色を示す」「認めない」「反対」といった、センセーショナルな見出しを目にしたかもしれません。果たしてこれはそういう類の出来事なのでしょうか。

トールキン財団が発したこの声明をどう受け取ったらいいかについて、わたしは一介のトールキンファンでしかありませんが、触れておきたいと思います。というのも、背景を掘り下げてこの件を扱った日本の映画関連サイトを見かけなかったからです。加えて、この声明があった事実だけを切り出すと、混乱するか、映画作品と映画関係者、トールキン財団と遺族の全方位に悪い印象を抱いてしまうのではないかと心配したからです。とはいえ、真意はトールキン財団にしかわからないこと。ひとつの意見としてお読みください。

トールキン財団は、英語では Tolkien Estate と表記されます。そのままトールキン・エステートと書かれることもありますが、この記事ではトールキン財団に統一します。

事の発端は2019年4月23日(現地時間)に発表されたプレスリリース。U.K.(イギリス)では、映画『トールキン』公開を5月3日に控えたタイミングでした。まず、財団が何を表明したのかを見てみましょう。以下が全文の日本語訳(拙訳)です。

拙訳
J・R・R・トールキンの遺族とトールキン財団は、2019年5月に『トールキン』の名の下に公開されるFOXサーチライトの映画を把握しています。

トールキンの遺族と財団は、この映画の製作を承認しなかったこと、許可しなかったこと、参加しなかったことを明らかにしたいと望んでいます。

映画と映画の内容をどんな場合でも支持しません。

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この映画の製作とは無関係であり、支持もしない。それを知ってもらいたいという趣旨です。この声明を出した時に、以下のように財団の代理人がこのように述べていたそうで、作品をご覧になる前に出したものだとわかります。

拙訳
遺族はまだ『トールキン』を観ていないので、この声明は作品中の特定の場面や要素について言及したものではない、と代理人は説明した。「財団は以前から伝記映画の打診を受けてきたが、認可したことはない」と付け加えた。
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これに対してインタビューの中で、本作の監督ドメ・カルコスキ氏は「彼らの声明のすぐれたところは、敵意よりむしろ『われわれはこれと無関係』といった感じだったことです。」3だとおっしゃっています。この直前に話されていたことは、映画がどのようなスタンスから作られたものかよくわかります。

拙訳
彼ら(トールキン財団)に私と一緒にこの映画を観ることを申し出ました。彼らが申し出を受けてくれることを願っています。(中略)彼らがこの映画を観たら、登場人物への敬意と称賛と愛から作られたということに気づくだろうと思うし、そう願います。
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この声明を発表して以来、本件に関するトールキン財団の続報はありません。今回の財団の出方は、ドメ監督の言葉を借りれば、”敵意” が根底にあるわけではないと、私も感じました。他の事例に目を移してみると、承諾なしに伝記映画を製作される(された)ことに対して怒りを表明する人もいれば、今回の財団と似たような言葉で無関係を表明する人もいるようです。56

トールキンの伝記書籍は、公認・非公認問わず多く世に出ています。伝記である以上、その正確性が問われます。非公認の伝記の中には、よく研究されているものもあれば、誤った記述が連なるものもあり、信頼して読めたものではありません。

トールキンの伝記の一冊『Tolkien and the Great War: The Threshold of Middle-earth』の著者ジョン・ガース氏は、ガーディアン紙に対して以下のようなコメントを寄せました。私が思うに、今回の声明を出した理由は、ここでガース氏がおっしゃっているように、内容の正確性を保証しない、という意味が一番大きかったのではないかと今回の件を受け止めています。

拙訳
「伝記映画は一般的に、事実について少なからぬ自由が必要で、それは本作も例外ではありません。トールキンの遺族による是認は、あらゆる相違と歪みに対して信憑性を与えることになる。歴史に悪影響を及ぼすでしょう。」と彼(ジョン・ガース氏)は言った。
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トールキンは作品のみならず、彼自身の生涯もまた、研究対象になっています。また世界中に多くのファンがいて、熱い関心を注いでいます。さらに興味の芽が育っている人たちも多いことでしょう。こういう人たちにとって、財団が支持するのかどうかは重要です。なので、これは映画製作に携わった人たちではなく、鑑賞する側に向けられたものだろうと思うのです。

トールキン財団を構成する遺族にとって、トールキンと彼の作品への愛と思い入れはさぞ深いものであろうと思います。一介のファンの想像に及ばぬほどに。この財団の理事を、2017年夏までは三男クリストファ・トールキンが務めていました。8 クリストファ氏は、トールキンが1973年に亡くなって以来、父の悲願だった『シルマリルの物語』を1977年に刊行。近年(2018年!)まで長きに渡ってお父様の遺稿を編纂し、世に送り出してこられた、多大な功績のあるお方です。クリストファ氏は子供の頃から父の話に耳を傾け、『指輪物語』執筆の頃にトールキンは度々三男に意見を求めていましたし、そういう手紙も残っています。

それではこの作品を映画館に観に行くべきかどうか?ということですが、機会に恵まれ公開に先立って鑑賞したファンの一人としては、ご興味があるなら劇場でご覧いただくのがいい作品だと思います。トールキン教授の生涯と、彼の作品に愛情を持たれる方が増えることを、ファンの一人として願っています。2019年8月30日(金)から全国公開です。お近くの劇場で上映していましたらぜひ。

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