The Study of Bag End

キングズ・ヒースの旧宅

バーミンガムの中心部にあるキング・エドワード校に通い始めた時、トールキンはセアホールに住んでいました。学校から遠いことが転居の理由でしたが、モーズリーに住んだ後でキングズ・ヒースのウェストフィールド通りの住宅に住みました。その頃は裏手を鉄道が通っていてキングス・ヒース駅が近隣にありましたが、今は廃駅になっています。12

そのモーズリーの家は取り壊されることが理由で引っ越しを余儀なくされました。3 頼れる人が少ない状況で母上は子供二人を連れて転居を繰り返していましたが、苦労は大きかっただろうと想像します。

ウェストフィールド通りの旧宅

時期ははっきりしないのですが、モーズリーの家に引っ越したのは1900年末。そこに数ヶ月住んだ後に引っ越したので、キングズ・ヒースに住み始めたのは1901年のどこかのタイミングのことだと思います。一家がここに住んだのは1902年初頭までのことなので、こちらもごく短い間の住まいだったようです。45

家の裏手を走る貨車のウェールズ語に好奇心を掻き立てられた有名なエピソードは、この家に住んでいた頃のことなんですね。6

この後は、オラトリオ会との出会いによりエッジバストンに引っ越します。エッジバストンでも点々としますが、最初はオリバー通りでした。

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