The Study of Bag End

『トールキン 旅のはじまり』建築の撮影スポットをインターネットで巡る

映画美術はどの作品でも興味深いものですが、『トールキン 旅のはじまり』の美術はとても興味を引き立てられるものでした。トールキンの生きた時代のイギリスは何事においても最盛期といってもいいくらい。どのようにしてその時代の環境を再現したのか、その一端を知りたいという個人的興味から撮影スポット(ロケ地)を調べました。

わたしは好奇心を止められず調べてしまいましたが、これは映画の舞台裏であり、映画を楽しむ目的でなら見る必要のないものだと思います。また、できる限り調査をしましたが、現地を訪問したわけではありませんので、誤りがある可能性を考慮してご覧ください。網羅はしていませんが、DVDが出たあとで更新できればと思っています。現地の見学の可否はご自身でご確認ください。

なお、使用場面を指し示すために映画の内容に触れます。さらには、DVDの映像特典になるであろう削除シーンについても言及します

バーミンガムとして撮影されたスポット

バーミンガムは第二次世界大戦時に空襲で消失してしまったため、マンチェスターとリヴァプールに多くが設けられました。

ロッジデール・タウンホール

ロッジデール・タウンホール(Rochdale Town Hall)は、イングランド北西部マンチェスター郊外にある1871年に完成したゴシック・リヴァイヴァル建築。建築家はウィリアム・ヘンリー・クロスランドで、時計台はアルフレッド・ウォーターハウスが設計しました。

トールキンが通学していた実際の校舎も同じくゴシック・リヴァイヴァル建築。バーミンガム、ニュー・ストリートのキング・エドワード校は1936年に移転し、残念ながら現存しませんが、この建物の建築家チャールズ・バリーによる建築はイングランド各地でまだ見られます。

ロッジデール・タウンホールに話を戻すと、この建物は外観・内観をあわせて様々な場所が『トールキン』の映画で使用されています。図書館のみ、マンチェスター大学のジョン・ライランズ図書館で撮影が行われたようです。

キング・エドワード校の外観として

ロッジデール・タウンホールの外観は、トールキン兄弟が初登校する場面で使用されています。それまで素朴な環境で育った兄弟を圧倒するかのような、荘厳な外観が印象的。
参考:TOLKIEN | Tolkien’s Story | FOX Searchlight – Youtube

キング・エドワード校のホールとして

通学シーンの直後、ホールに生徒一同が会し、歌う場面で使われた場所。歌詞がわからず戸惑うトールキン少年。転校生なら経験することの一つ。壁の模様やステンドグラス、背後の絵画が一致する点にもご注目ください。
参考:Tolkien(2019) – IMDb

キング・エドワード校の教室として

トールキンがキング・エドワード校ではじめて授業を受ける場面の撮影に使われました。トールキン少年が先生に「トールカイン」と呼ばれてしまうシーンもここ。
参考:Tolkien(2019) – IMDb

キング・エドワード校の校長室として

ラグビー中に喧嘩をしたトールキンとギルソンが校長の仲裁を受けるために呼び出された校長室。校長の机はこの窓を背にするように配置されました。ギルソンの父は1900年から1929年まで校長を務めました。
参考:わたしの記憶頼りのため、DVD発売後に更新予定

キング・エドワード校内の大階段として

校長室で呼び出された後、階段を上がりながらなお言い合いを続けるギルソンとトールキンの場面。この壁三面をステンドグラスに囲まれた光の空間が印象的。天井の扇状ヴォールトはゴシック・リヴァイヴァルの特徴の一つらしい。
参考:わたしの記憶頼りのため、DVD発売後に更新予定

ジョン・ライランズ図書館

ジョン・ライランズ図書館(The John Rylands Library)は19世紀末に完成したゴシック・リヴァイヴァル建築で、バジル・チャンプニーズによって設計されました。彼の建築物はオックスフォードやケンブリッジでも見られます。なおこの図書館は現在、マンチェスター大学の施設です。

キング・エドワード校の図書館として

ジョン・ライランズ図書館は、キング・エドワード校の図書館として使用されました。本編から削除されたシーンですが、1階は転入したばかりのトールキンが図書館を歩きまわるシーンとギルソンたちに誂われるシーンがここで撮影されています。

1階中央の通路の両端上部にはステンドグラスの窓があり、その下には2階の左右のフロアをつなぐ通路があるようです。1階も2階もそれぞれ書庫と机が置かれています。おそらくこのお借りした写真(CC BY 3.0)もその通路から撮影されたもの。

ギルソンたちがトールキンをバロウズへ誘う直前にいる場所はこの建物の2階で、ギルソンやスミスがトールキンの元へやってくる時にはこの通路を通っていると思います。
参考:Tolkien(2019) – IMDb

(c) Mdbeckwith, The John Rylands Library Interior on Wikipedia Commons (CC BY 3.0)

ノース・ウェスタン・ホール

ノース・ウェスタン・ホール(North Western Hall)は、リヴァプールのライムストリートに面していて、建物の背後には鉄道駅があります。もとは鉄道に付属するホテルだったようですが学生寮になるなど紆余曲折を経て、2020年には再度ホテルとして開業するそうです。イギリス指定建造物2級です。

グランドホテルの外観として

ノース・ウェスタン・ホールは外観が使用されました。このホテルの右側の建物は合成して付け加えられたのだろうと思います。日本ではこの建物の右側にクレーンのようなものが写っている写真が出回ってしまったのがちょっと残念に思いました。

バーミンガムのグランドホテルもストリートビューで見れますが、フランスのルネサンス建築の影響を受けた建物で、ノース・ウェスタン・ホールの建築様式も同様なのはきっと偶然ではなく、調査したうえでそろえているのでしょう。
参考:TOLKIEN | Trailer 2 | FOX Searchlight – Youtube

リヴァプール・タウンホール

リヴァプール・タウンホール(Liverpool Town Hall)は、これまでの建物より約100年ほど古く、ジョージアン様式の建物。イギリス指定建造物1級に指定されています。こちらはグランドホテルの内観として使用されました。建築家はジョン・ウッドですが、増築や火災の修復でジョン・フォスター・シニアやジェームズ・ワイアットの手も加わっているとのこと。

余談ながら、ワイアットはあのコッツウォルズのブロードウェイ塔の建築家。これは遠くからでもトールキンは一度は目にしたことがあるのではないかぁと思っています。オックスフォードと、ヒラリーが後年農業を営んだイヴシャムを結ぶ道路が現在と同じとすれば、その道路はこの塔のかなり近くを通っています。

グランドホテルのティーラウンジとして

トールキンとエディスが「セラードア」について語り合うデートシーンが撮影された場所。

この場面は逆光をとらえていますし、カーテンも変更しているのでかなりちがって見えますが、豪奢なシャンデリアや背後のステージの欄干の飾りやエディスの背後にぼんやり映る絵画にも注目すると、この部屋と一致します。窓側からとらえたストリートビューも公開されています。ホールを俯瞰したカットはこのステージ上から撮影されたのでしょうね。
参考:TOLKIEN | Trailer 2 | FOX Searchlight – Youtube / TOLKIEN | Tolkien’s Story | FOX Searchlight – Youtube

グランドホテルの階段として

エディスとトールキンがティーラウンジから追い出される時に階段を駆け下りる場面を撮影したスポット。階段の天井がドームになっているのがまた美しい。
参考:わたしの記憶頼りのため、DVD発売後に更新予定

リヴァプールのウォーカー・アート・ギャラリーとステーブル・ファウンテン+セット

バロウズストアの外観として

バロウズはキング・エドワード校からほど近いコーポレーション通りとブル通りが交差するところに立っていました。1973年まで営業を続けましたが、建物は現存せず。建物は映画のために再現されました。当時の広告などを見ると、外観はかなり細かに再現しようとしたことがわかります。

以下のLiverpool Echoの記事を参考にしましたが、ある種の「夢が壊れる」写真でもあるので、覚悟のある方のみご覧ください。
参考:TOLKIEN | Full Scene | FOX Searchlight – Youtube / This is why a giant shop has been built next to St George’s Hall – Liverpool Echo

バロウズのティールーム内観として

ドメ・カルコスキ監督は、外観を撮影した場所からすぐ近くのリヴァプールのセント・ジョージ・ホールに再現したとおっしゃっています。写真を見る限りでは建物のどこを使ったのかわからずじまい。今のところホールに大掛かりなセットを組んだのかな…と思っているのですが。この新古典主義の建築を設計した一人チャールズ・コッカレルは、オックスフォードのアシュモレアン博物館の建築家でもいらっしゃいます。

フォークナー夫人の家

バーミンガム、エッジバストンのダッチェス通りにフォークナー夫人の家がありました。ここはフランシス・モーガン司祭が所属するオラトリオ会からもほど近い場所にありますが、建物は現存しません。撮影用にリヴァプールでエドワード朝様式の家をあてがったそうです。


オックスフォードの撮影地

オックスフォードの撮影はほぼオックスフォードで行われました。

エクセター学寮

トールキンは大学生活をエクセター学寮で過ごしました。タール通り沿いに面したところに部屋があったそうです。エクセター学寮の様々な場所が映画『トールキン』の撮影でも実際に使用されました。ダイニングホール以外は外観ですね。

トールキンより前の時代には、ウィリアム・モリスやエドワード・バーン=ジョーンズ等の卒業生がいて、トールキンもそれを意識していたようです。モリスといえば、説明の不要な方のほうが多いかもしれませんが、フォークナー夫人の家の壁紙や後年のトールキン家で使用されていた壁紙をデザインした人物ですね。

エクセター学寮の中庭(Quod)

中庭は事ある度ごとに映りましたので、説明不要でしょう。
参考:Tolkien(2019) – IMDb

エクセター学寮のフェローズ・ガーデン

トールキンのオックスフォード退学騒動について、T.C.B.S.のメンバーが話し合う場面で使用されました。ブランケットや水筒などさりげない小道具もすてき。フェローズ・ガーデンの向こうに見えるのは、オックスフォードへ行ったら目に入らないことがない建物の一つ、ボドリアン図書館のラドクリフ・カメラです。これが第二紀、ヌーメノールのサウロンの寺院のモデルになったという噂もありますが、来年2月に刊行予定のジョン・ガースさんの書籍で紐解いてくれることを期待したいところ。
参考:Tolkien(2019) – IMDb

エクセター学寮のフェローズ・ガーデン
(c) Howard Stanbury, Fellows’ garden, Exeter College on Flickr (CC BY-NC-SA 2.0) ※色調補正、トリミング加工済み

エクセター学寮のダイニングホール

実際に、トールキンはここで食事をとるなど日常的に訪れていたのではないかと思います。映画ではフェンシングの試合の様子を見るトールキンとジェフリー・バッチ・スミス、言語の話をするトールキンとライト教授の一連の場面で使用されました。テーブルなどは撤去されていますが、壁にかけられた絵も同じものですね。撮影の際に一部取り外したようですが。
参考:TOLKIEN | Trailer 2 | FOX Searchlight – Youtube

モーダリン学寮のニュー・ビルディング

ライト教授を追いかけてトールキンが庭に出ると、モーダリン学寮、ニュー・ビルディング前庭に切り替わります。この後、アディソン遊歩道へすぐに抜けられるので場面と場面を繋ぐシーンとしてこうなったのだろうと思います。芝生をずいずい進むライト教授と、踏まないように必死においかけるトールキンの差に唇の端がゆるむ場面です。
参考:モーダリン学寮

アディソン遊歩道

アディソン遊歩道は後に、トールキンがC・S・ルイスらと語り合いながら散歩をした遊歩道です。学期中はニュー・ビルディングで暮らすルイスにとってはもっと身近で、もしかしたらしょっちゅう散歩していたかもしれませんね。ニュー・ビルディングの庭の端にアディソン遊歩道への入口があります。
参考:モーダリン学寮

マートン通り

夜、バスを占拠したところを警察に連れていかれ、警察署から出てきたトールキンと、それを待つスミスの場面。スミスはこの窓枠に座っていたのだろうと思います。通路の奥にはクライストチャーチ学寮の東門が見えます。映画ではスミスはトールキンと同寮生ということになっていたようで、二人でエクセター学寮に戻ったのでしょう。
参考:わたしの記憶頼りのため、DVD発売後に更新予定

チェサム図書館

マンチェスターのチェサムズ図書館(Chetham’s Library)は、公式サイトによればブリテン島で現存する公共図書館としては最も古く、起源は17世紀半ばまでさかのぼるそうです。

オックスフォード大学のどこかの図書館として

オックスフォードとして撮影された場面のなかでは唯一でしょうか? オックスフォード以外の場所で撮影されています。T.C.B.S.のメンバーがトールキンのオックスフォード生き残りについて談義(?)する場面で使用されました。
参考:TOLKIEN | Tolkien’s Story | FOX Searchlight – Youtube

トールキンが一人、図書館で調べ物をして「Middle-earth」という単語を発見する下記の場面も、窓枠や壁の質感から同じ図書館と思われます。おそらくは上記のストリートビューの背後の通路沿いにある書棚のどこかでしょう。

ブレーズノーズ通り

エクセター学寮の南側を東西に走るブレーズノーズ通り。タール通りとラドクリフ・スクエアを結んでいます。この場面は第一次世界大戦が開戦になって、トールキンは長らくあたためていたエディス宛の手紙を投函します。トールキンの背後に映るのはブレーズノーズ学寮の建物で、トールキンは東方向へ向かって歩いています。
参考:TOLKIEN | Trailer 2 | FOX Searchlight – Youtube

ニュー・カレッジ・レーン

終盤、トールキンが黒いガウンを着て自転車に乗る様子が映ります。事実、トールキンは自転車で通勤をしていたそうで、このさりげない再現に一ファンの心は満たされました。トールキンはクイーンズレーンからこちら側へ抜けてきたということになります。トールキンはイグザミネーション・ スクールズで授業を行っていたようなので北オックスフォードにある自宅に帰宅する際には使用し得るコースだな、などと思っています。
参考:TOLKIEN | Trailer 2 | FOX Searchlight – Youtube

おわりに

この調査をするにあたって参考にさせていただいたり、紹介させていただいたGoogleストリートビューや360°写真、写真のオーナーのみなさまへ、遠い日本からイングランドの歴史や文化をリアリティをもって知ることができたことに、感謝いたします。

点在するロケーションを一つの作品として織り上げる映画製作者の方々の力量に、映画を見ただけではわからない感動がありました。わたしと同じように映画製作の特典映像に関心のある方は、楽しんでいただけたのではないかと思います。もしロケ地巡りをなさったらぜひお話お聞かせください!

参考文献

Tags:

New Articles