The Study of Bag End

セアホール・ミル

ハンフリー・カーペンター著『J.R.R.トールキン 或る伝記』を読むと、トールキンの幼少時代の格別な思い出の地としてセアホールが挙げられることがわかります。

モーズリーにあるトールキン少年の母上の実家を出て移り住んだのが、セアホールでした。この頃、この一帯は牧場が広がる土地で住宅はほとんどありませんでしたから、子供たちは大いに探索を楽しんだそうです。大人になってこの地を訪れたトールキンが衝撃を受けていますが、トールキンが離れている間にこの土地は住宅地として開発され、当時の田園風景は残っていません。12

一部がシャイア・カントリー・パークとしてトールキン作品にちなんだ名前で公園が残されていますが、遊んでいた土地のほんの少しの名残でしかないのでしょう。

セアホール・ミルはトールキンゆかりの地として観光スポットになっているので、入場料を払うとミル池周辺や水車小屋の中を散策できます。

ブルー・プラーク
セアホール・ミルのブルー・プラーク。マシュー・ボールトンとトールキンの名前が並びます。

セアホール・ミルのこの場所には1542年から水車があります。後に蒸気機関の会社を設立するマシュー・ボールトンが1756年から1761年に実験のためにセアホール・ミルを借りていました。3それで、トールキンと一緒に名前がブルー・プラークに記されています。この人はジェームズ・ワットと一緒に会社を興してイギリスの産業革命で一役買いました。

現存する水車小屋が建てられたのは1768年。さらに1855年に蒸気機関が導入されて煙突がつきました。4 トールキン兄弟がここで遊んだのはそれから約40年あとのことですね。

今はセアホール・ミルはバーミンガム・ミュージアム・トラストが管理しています。それで、こんなすてきなシンボルマークも作ってもらったんですね。水車は粉をひくためにありましたから、それをよく表していますね。

この道を進んで受付で入場料を払って中に入ります。

ミル 入口
エントランス
セアホール・ミル
水車小屋を裏庭から
水車小屋
水車小屋の裏手の入口

水車小屋の中にはこうした歯車や蒸気機関の設備のほかに、観光客向けにセアホール・ミルの歴史やトールキンのことを紹介するパネルが複数ありました。ところどころに、ドワーフやスマウグ、魔法使いのイラストが紛れ込んでいたり、なぜか柔らかい巨大な一つの指輪があったり…と、トールキンファンが楽しめるような工夫をしてくれています。この記事を読んでくださった方の行ってからのお楽しみになるように、写真の掲載は控えますね。

水車小屋の歯車
水車小屋の中にはこういう歯車がとにかくたくさんあります。

『或る伝記』には「青黒い水」と書かれたミル池ですが、洪水被害で施設が故障してしまったそうです。5それで池の水が取り込まれることなく淀んでいるのでしょうか…。公式サイトで見られるような、水車小屋が水面に反射する景色を期待していたのでちょっと残念。

ミル池…
緑色のミル・ポンド

ミル・ポンドの淵には短い距離ながら遊歩道があって、鬱蒼としたグリーンの中を散歩できますよ。動物の彫刻作品が展示してあったりと楽しいですし、少しばかり当時の名残があるのかもしれないなぁと思いながら散策してきました。

セアホール・ミルへのアクセス

私はここへ来る日、オックスフォードからウォリックを経由して、その後電車でソリフルまで移動したあと路線バスに乗り、ホール・グリーンからコールバンク通りを歩きました。セアホール・ミルは休館日があるので事前に確認していきましょう。セアホールでトールキンが住んでいたグレースウェル小路(現在はウェイクグリーン通り)の家もこの近くで徒歩で行けます。なるべくバスで近くまで着きたい人は、ちょうどセアホール・ミルの前にもバス停があるのでうまく通る路線を使いましょう。

バスは、レドナルのファーン・コテージのところに書いたように、National Express West Midlandsのバスアプリを利用するのが便利でした。

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