The Study of Bag End

バーミンガムのオラトリオ会

オラトリオ会

1900年の春、トールキンの母メイベルは、家族や親戚の反対があるにも関わらずカトリックに改宗しました。1 当時、夫を失った後に彼女の身に降りかかった苦労はトールキンの伝記が語るところですが、最初は心落ち着ける教会を見つけられず、転々としたそうです。

最終的に落ち着いたのはエッジバストンのオラトリオ会で、もしここでフランシス・モーガン司祭と出会うことがなければ、特にトールキン兄弟の人生はまったくちがったものになっていたのかもしれません。モーガン司祭はメイベルの遺言の通り、トールキン兄弟の後見人となりました。

母が亡くなった後に住んだ下宿では、トールキン兄弟は落ち着くことができず、オラトリオ会には頻繁に出入りしていたそうです。2 フランシス・モーガン司祭といえば、ついトールキンとエディスの関係を禁じた人物であるということを思い出してしまうのですが、それまでに築いてきた彼らの関係のほうに着目すべきですね。3

私が訪問した時は閉まっていて教会の中を見学することはできなかったのですが、Googleストリートビューで見れるようにしてくださっています。この教会の建物は1906年頃から使用されていたようなので、トールキンも目にした可能性が高いのでは。息を呑む美しさですね。4

ニューマンのブルー・プラーク
創設者ジョン・ヘンリー・ニューマンのブルー・プラーク

アクセスマップ

ハグレーロードに面しています。トールキンが1916年に宿泊したプラウ・アンド・ハロウからは歩いてすぐのところにあります。

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