The Study of Bag End

マナー通りの家

トールキン教授は、1945年にペンブローク学寮からマートン学寮へ籍を移しました。その頃一緒に住んでいた子供は二人だけになり(クリストファとプリシラ)、1947年3月にマナー通りに引っ越しました。マートン学寮が所有するこの家は、英文学図書館からすぐのところにあり、以前の住宅よりうんと中心部に近くなりました。1

マナー通り

前の家にいる時から『指輪物語』の執筆を続けて、ここに住んでいる間に完成しました。1950年2月にそのことをスタンリー・アンウィン氏に手紙で告げました。この時、トールキンは『シルマリルの物語』も同時に出版したいと願っていましたが、この作品は紆余曲折を経て出版まであと4年もかかったのです。2

このマナー通りの家は、前の家が家族にとって広すぎることを理由に転居してきたのですが、今度は狭すぎて、すぐに引っ越したくなったようです。外から眺めるとそういう風には見えにくいのですが…。次に適当な家が空くのを待って、ここには1950年の早春まで約3年間住みました。次に住んだのはここからほど近いホリウェル通りの家でした。そちらもお気に召さなかったようです。3

ノースムーア通りの家が快適だったのでしょうけど、若年の時のみならず後年になっても根無し草の風体ですね…。いやはや、大変だと思います。

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