The Study of Bag End

トールキン 『指輪物語』を創った男

『トールキン―『指輪物語』を創った男』(原題 J.R.R. Tolkien: The Man Who Created the Lord of the Rings)は、J・R・R・トールキンについての伝記です。主に子どもを対象に書かれたものです。

語り口調は平易で、適宜当時の時代背景の説明が入り、読者の理解を手助けしてくれ、正しく書かれていれば、トールキンの生涯を知る入門の書として推薦できたかもしれません。原書の段階で空白を想像で満たしたと感じる記述や、公認の伝記と事実が相反するものが目立ちます。原書、翻訳書ともに校閲を経たとは思えないエラーが散見され、長所を台無しにしています。信頼をおいて読むことは、個人的には難しいと感じます。

トールキンの伝記は主なものにハンフリー・カーペンターの公認の伝記『J・R・R・トールキン ―或る伝記―』(以下、『或る伝記』)がありますが、もしどちらか一方を読むつもりでしたら、本書ではなく『或る伝記』を選ばれることをおすすめします。

書籍名
トールキン―『指輪物語』を創った男
著者
マイケル・コーレン
訳者
井辻朱美
出版社
原書房
発売
2001年10月22日
言語
日本語
電子書籍
なし

気になった記述

物語の内容はこの本が発売した頃に赤龍館さんがご指摘なさっています(赤龍館 『トールキン─『指輪物語』を創った男』について)。網羅はできませんが、私は主にトールキンの伝記的に気になった箇所を挙げます。特に記載のない場合、原書の時点のエラーです。

原書は、Kindle版を参照しました。

  1. (メイベルの)夫は敗血症にかかっていた(23ページ)
    原文の “hemorrhage” は「出血」です。
  2. 彼女(メイベル)はローマのカトリック教会の総本山にまで巡礼に出たこともあった(29ページ)
    原文は、ローマへ巡礼に出たのではなく、ローマ・カトリック教会を信仰する道を選んだ、というニュアンスです。
  3. 1894年、(略)ジョン・ヘンリー・ニューマンが、バーミンガムのオラトリオ会を設立(32ページ)
    原書では1849年。ニューマン卿は1890年に逝去しました。『或る伝記』も同様ですが、卿の記録には最初の教会ができたのが1849年とあったようなので、そちらに基づいているのでしょうか。オラトリオ会のWebサイトでは1848年2月に創立となってます。
  4. フランシス神父は(略)学校からも遠くないレドナルにひっこせるようにはからってくれた(35ページ)
    レドナルからキング・エドワード校までは、遠いです。子どもが通う距離としては長距離だと思います。レドナルに引っ越したのは、病を患った母の療養のためですが、それについて説明はありません。また、お金の問題を解決するため、という理解に至る文脈です。
  5. 戸口までたどりついた(50ページ)
    チェルトナムのエディスの家へ押しかけたような印象ですね。
  6. (結婚式は)バーミンガムにあるオラトリオ会で、フランシス神父に式をあげてもらいたかったのだが、そちらはすでに申しこみがいっぱいだった(56ページ)
    トールキンの不器用さ、モーガン司祭のあたたかさを感じるエピソードが、別の理由に入れ替わっています。
  7. ノースムーアロードにひっこし、そこに20年以上も暮らすことになった。一時期だけ、通りの数ヤードさきのややおおきい家に移ったこともあったが。(72ページ)
    原文 “at one point”の訳語が「一時期」だと、読者はここにある文脈では行って、元の家に戻ってきたように受け取ります。「ある時」だと誤解なく読めると思います。
  8. マートン・カレッジのダイニング・ホール(図版の説明文:74ページ)
    エクセター学寮の食堂ではないかと思います。マートン、エクセター両方とも行っていないので、公式サイトにある写真を見比べた感じですが。原書のKindle版に一切の図版は含まれないので、原書、翻訳書、どちらの段階で起きたエラーかは不明です。(参考資料 Dining – Exeter College
  9. ルイス自身が教授をつとめる(82ページ)
    ルイスが教授職についたのはケンブリッジへ行ってから。
  10. 自分の読んでいる本や書きかけの本、考えていることについて論じあう<石炭食いの会>(ルビでコールバイターズ)(84ページ)
    コールバイターズの趣旨はアイスランド・サガを読むこと。
  11. トールキンとエディスは、ジョイのことをさいごまで理解できなかった(92ページ)
    エディスとジョイは意気投合したそうですよ。
  12. トールキンとルイスは親友でありつづけた(92ページ)
    一言でそう言い表せる関係であればわかりやすいのですが。
  13. 1938年度のおおきな文学賞(106ページ)
    ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン賞(107ページ)
    別々の賞のこととして書いてあるのですが、同じ賞の話ではないかと思っています。
  14. 子どもたちのテディベアにちなんで、ビンゴという名まえをつけてみた(109ページ)
    コアラのおもちゃです。🐨
  15. おひとよしのロソ(132ページ)
    原書の “Lotho Simple” は「無知なロソ」「愚かなロソ」としたほうが、『指輪物語』を最後まで読んだ人には納得いく表現では。
  16. フロドを大統領に(137ページ)
    「フロドは生きている」と「ガンダルフを大統領に」が混ざっています。
  17. 『トム・ボンバディルの冒険』(略)は、叔母の死後わずか数ヶ月で世に出た(156ページ)
    先に本が出て、ちょうど3ヶ月後の同じ日付に叔母ジェーンが亡くなりました。翻訳のエラーです。
  18. ボーンマスですごした休暇はすばらしく、ふたりともそこが大好きだった。(156ページ)
    原書は「大好き」ではなく「大いに楽しんだ」。ボーンマスでの生活をトールキンがどのように受け入れたのかを知ることは重要だと、カーペンターは書いています。
  19. 1972年には80歳に達し(中略)自分は『シルマリルの物語』を完成させ、編集することはないだろうとみとめ、その仕事を息子の手にゆだねた(169ページ)
    結果的にそうなったし、そう取り決めていたけど、最後まで筆をおくことはなかったのではないかと…。

参考文献

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