The Study of Bag End

『指輪物語』原書の初版の書体の顛末

トールキンの残した草稿はラフで解読しがたいものが多く、ご子息のクリストファがたいへんな労力をかけて遺稿を出版したエピソードは有名です。ですがトールキンはまた美しいカリグラフィの書き手であったこともまたファンの間ではよく知られていることです。このことは『指輪物語』初版前のとあるやり取りがよく物語っているでしょう。

まずはTolkien Gatewayに掲載されている『旅の仲間』原書の初版のデザインをご覧ください。

『指輪物語』原書が出版されるより半年前のことです。ブックカバーのデザインについて相談を受けたトールキンは出版社にデザイン案を提出します。それにはカリグラフィも含まれていました。トールキンは提出したデザイン案を誰かに書き直してもらうことを希望していましたが、強い関心を持っていたことは明らかです。1

書体に関するトールキンの提案は「題字をブラックレターにしてはどうか」ということでした。それがエルフ文字に似合うという意図だったようですが、ブラックレターは装飾性が高いことも理由のようです。2

ですが、出版社からは「ブラックレターは読みにくい」という理由から却下されてしまいます。その後は気に入らない書体の提案も受けて、手厳しい非難をレイナー・アンウィン氏へ送っています。トールキンにとってこれもまた忍耐を必要とする時期だっただろうと想像します😨3

ブラックレターサンプル
いろんなブラックレター。装飾性は高いですが、たしかに読みにくいですよね…。
ロンドン市街地のとある標識
トールキンが気に入らなかったアルバータス。ロンドン市街地の標識に使われています。

アルバータスは、ロンドンに行ったことのある方はご覧になったことがあると思います。市街地の標識に使われている書体がそれです。『ロード・オブ・ザ・リング』、『ホビット』両三部作の主題と組み合わせた時の副題にもアルバータスが使用されていたりするんですよね。

最終的に決まったのは、イングランドの書体デザイナーで彫刻家のエリック・ギルがデザインしたパーペチュアという名前の書体です。クラシックな趣きのローマン体はトールキンはお嫌いではなかったようですが、最初のトールキンの意図とはかけはなれたものであったでしょう…。ローマン体というのはセリフ体の一種で、セリフ体とはセリフがあるほうの書体のことをいいます。

パーペチュア
『指輪物語』原書初版で使われたエリック・ギルのパーペチュアはトランジショナル・ローマンにカテゴライズされます。
ギル・サンズを用いたThe Fellowship of the Ring
セリフがない書体をサンセリフ体といいます。これは同じくエリック・ギルのギル・サンズを使っています。

今回参考文献とした『J.R.R.Tolkien Artist & Illustrator』の翻訳書は原書房から出ている『トールキンによる「指輪物語」の図解世界』において、「黒体活字」とされていたところは原書を確認した上で単に「ブラックレター」と表記し、書体名のカタカナ表記はこの翻訳書に拠らず、書体デザイナーの小林章氏の『欧文書体―その背景と使い方』および続編の『欧文書体2―定番書体と演出法』を参考にしました。以下の通りに変更しています。

  • 黒体活字→ブラックレター
  • ペルペトゥア体→パーペチュア
  • アルベルトゥス体→アルバータス

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