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『トールキン 旅のはじまり』レビュー

J・R・R・トールキンの少年期から青年期までの伝記を取り扱った、ドメ・カルコスキ監督作品『トールキン 旅のはじまり』の感想です。

この作品は、世紀のファンタジー作家と呼ばれるトールキンの、現実と回想、空想を織り交ぜ、それらが溶け合って幻想な世界観を印象づけることに成功している、と感じました。映像にはいつも詩的な美しさがあり、自身の美的感覚にこだわり抜いたトールキンを描くのにふさわしく、主人公への敬意が感じられます。

トールキン教授の死後、1977年に刊行された『J・R・R・トールキン ー或る伝記』の著者ハンフリー・カーペンター氏は、トールキンの生涯について「これから(33歳の若さでオックスフォード大学の教授職に就任した)後は、とりたてて何事も起こらなかった、と言うべきかもしれない」と述べました(ただしそれは、外面から見た生活から受ける印象を書いたもので、この伝記の著者は以降は内面に注目するよう示唆します)1。カルコスキ監督も同様のことを語っています。「青年期を題材に選んだのは、彼を形成する経験が多かったからだ。両親を亡くし、愛と友情を知り、戦争に行った。」2

カルコスキ監督は、『指輪物語』を映画化することが夢だったとも明かしており3、映画の中にはトールキン教授と作品への愛着、ピーター・ジャクソンの『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズへのオマージュをいたるところに感じられます。同じくトールキン教授の作品を好む人たちにとってなんと心のくすぐられることか。

私がトールキンの伝記をはじめて読んだ時に、何度か感極ったことを覚えています。トールキンの生涯、特にこの伝記映画で取り扱った少年期から青年期は、脚色せずとも小説のような苦悩と波乱があります。『トールキン 旅のはじまり』は、その出来事の一つ一つをモチーフとして分解し、編み直した物語を提示します。その試みはなかなかチャレンジングですが、おもしろいと思います。

T.C.B.S.のメンバーとの友情、エディス・ブラットとの恋愛、学業、言語と物語の創作など、それぞれに輝きを持つモチーフを脚色するからには、より磨きをかけて欲しいと願うのは当然のこと。表現したいことはとてもよく伝わってくるも、それぞれのモチーフを一つにまとめあげることに今一歩及ばず。各登場人物の内面にフォーカスされなかったことは、ストーリーの説得力の弱さに拍車をかけたという印象。

本作の試みからすると、伝記を正確に描くことは主題ではないので、映画の批評のために差異を並べ立てるのは無粋と感じます(別の目的、例えば事実を知るためには比較、少なくとも伝記と本作をわけて考えることが必須)。懸念に思うことは、この脚色が真実であり、何でも自身の体験と創作を単純に結びつけたのだという認識を植え付けてしまうのではないか、ということです。トールキンの伝記に興味をお持ちになった方で、前述した『J・R・R・トールキン ー或る伝記』をまだ読まれていないようでしたら、お読みいただきたいです。

楽しませてもらった点を挙げればキリがありませんが、はじめに述べた通り映像は本当に美しく、エンドロールまで見入るほどです。サウンドトラックも相まって一つの世界を作り出しています。それに、さまざまな言語が飛び交う様は、トールキンを取り囲んでいた環境を垣間見れたようで、わくわくするものでした。

予告

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