The Study of Bag End

『中つ国の歴史』シリーズ第6巻『影の帰還』の簡単な紹介

この記事はトールキンアドベントカレンダー 2017 9日目の記事です。

未邦訳の『中つ国の歴史』シリーズを読んでいます。この本は全12巻の書籍で、愛蔵版からペーパーバック、一部はKindle…と、さまざまなバージョンで手に取ることができます。

この本は邦訳された本でいえば『終わらざりし物語』のように、トールキン教授のご子息クリストファ氏(今年で93歳。いつまでもお元気で!)が編纂されています。

『シルマリルの物語』のように物語を通して読めるのではありません。ですが、より詳細でより広範囲に及んでいるのがこのシリーズ。そのうち6巻『影の帰還』から9巻『サウロンの没落』までが『指輪物語』の草稿に該当します。

興味を持って一緒に読んでくださる方が増えるといいな…というわけで、私もまだかいつまんでしか読んでませんが、いくらかご紹介したいと思います。

トールキン教授が『指輪物語』を何度も何度も書き直したのは、有名な話です。その「書き直した」粒度は様々。ビルボの誕生日パーティ(なんと初稿ですでに「待ちに待った誕生祝い」からはじまるのです)が終わるまでを何度も書き直したり、6巻の終わりで裂け谷に到着してしるにも関わらず、7巻をちらりと覗くとまたシーンは袋小路屋敷に巻き戻っていたり…。

『ホビットの冒険』が出版された年の冬にはすでに『ホビット』の続編に着手しています。1937年のことでした。この時、先立って書かれていたシルマリルの物語の時代の話とビルボの話は接続しておらず、それぞれ独立していました。ですが続編を書き始めた頃に出版社の人へ宛てて「心の中はシルマリルでいっぱいです」と綴った手紙が残されています。

教授は、何度も書き直していますが、前述のように初稿から「待ちに待った誕生祝い」で物語ははじまり、ビルボ・バギンズが旅に出ることにも最終稿となんら変わりがありません。そればかりか、誕生日のスピーチの原型もまた、この時すでにできあがっていました(そしてまた、ごそっと削除された部分もあります)。
1917年頃初稿が書かれた「ベレンとルーシエンの物語」でもクリストファ氏が編集した物語と同じようなモチーフがすでにいくつもあるのです。とはいえ、それが持つ意味は大きく違うこともよくあるのかもしれません。これは歴史シリーズを読む際に混乱するので注意したほうがいい点ですね。表面的な違いだけでなく、トールキンが何を表そうとしていたのかということについて。

とはいえ、旅立ちの動機に満足せず、また、『ホビットの冒険』の結末で「ビルボは幸せに暮らした」と書いたことを覆すのもお気に召さなかったのです。

初稿で驚きの内容と言えば、ホビットには結婚をする時に数週間(かそれかもっと長く)姿を消す習慣があるということです。それでビルボの最初の失踪(とはもちろんドワーフとの冒険のことです)も隣人たちはそれだと思ったのです。ですが、帰ってきてもどこにも妻が見当たりませんので、隣人たちはこう決め込みました。「きっと見た目が悪くて外に出せないんだろう」と。ひどいですね。粉屋の思いつきそうなことですが、ともかくビルボはそれまで結婚していませんでした。ですが、初稿の時は急に思いつきで「わたしは結婚します」と、相手もいないのに言うのです。

隣人にしてみれば、結婚してどこかに妻を隠しているはずだと思い込んでいるわけですから、それでもやってくるのはガンダルフだとか鬚をふりふりしたドワーフなんですから、「いかれバギンズ」と言われてしまうのもいたしかたないのかもしれません。

トールキンが最初にこういうことを書いていたというのは面白いですけど、この風変わりな習慣はエルフに羽が生えるがごとく…という印象なので、なくなってよかったなと個人的には思います。

また、指輪物語の主人公としてのフロド・バギンズが現れるのはずっと後のことになります。

初稿は5ページ程度と短く、このまま話し続けると内容を全部書いてしまうことになるので、これくらいにしておきましょう。最終稿と同じようなことを言っているところを探すだけでも、十分に楽しいですよ。

後ろの方をパラパラとめくったり、情報を集めて興味深かったことをいくつか。

特筆すべきは旅の仲間のメンバーにグロールフィンデルと、バーリンの息子ブーリンがいた草稿があったことです。ただしこのグロールフィンデルはゴンドリンの人物と同一人物だったのかについては注意が必要です。中つ国では、史実の世界と同じように過去の人物から名前をもらうことはよくありますし、最初は別人という案もあったようです。

なおドワーフは、裂け谷にグローインが来ていますが、ギムリはまだ姿を見せません。レゴラスも最初は名前がなかったようです。ボロミアは初期から名前が変わらなかった数少ないキャラクターかもしれません。彼は南方の国「Ond」から裂け谷へやってきたことになっています。

「ストライダー」(馳夫)はこの時まだ「トロッター」という名前で正体不明のホビットでした。教授は「トロッターとは誰だ?」と二度も書いています(もっとあるかも…)。『影の帰還』の一番最初に長年の文通相手であった詩人のW.H.オーデン氏宛の教授の手紙が紹介されています。自分で作品を書いておきながらこういうことを言うのが教授らしいと思います。

I met a lot of thing on the way that astonished me. Tom Bonbadil I knew already; but I had never been to Bree. Strider sitting in the corner at the inn was a shock, and I had no more idea who he was than had Frodo.

拙訳

私を驚かせるようなことにたくさん出会いました。トム・ボンバディルのことはすでに知っていましたが、ブリー村へ行ったことはありませんでした。旅籠屋の角に座っている馳夫は衝撃的で、フロド以上に彼が誰なのか見当がつきませんでした。

1

手紙の通り、トールキン教授はこの人物の登場に困惑していたというのです。トロッターが木靴をはいたホビットであることも有名な話ですが、本名がペレグリンだったプランもありました。ペレグリン・トゥックとはまったく異なる人物で、ドナミラさんの息子となっているので注意が必要です。トロッターの名のまま、一度はラウロスまで行っているのです(つまり、またそこから書き直したということですよね…)。
まだアラゴルンへ変更された原稿を見つけていないのですが、丈高きドゥネダインにはトロッターよりストライダーのほうがお似合いの名前ですね。きっと足取りは大股だったでしょうから。

こうして採用されなかったプランを知るのもまた楽しと思われる方には、歴史シリーズはうってつけですね。

私同様に英語が不得手という方は、はじめに日本語で得られる情報を集めるといいと思います。何も知らないまま読むことはできなくなりますが、すでに知っていることが書かれていると、読むのが少しは楽になります。そこでおすすめしたいのは、赤井敏夫氏の『トールキン神話の世界』(人文書院)です。特に「指輪と物語」、「指輪三部作におけるラグナロク的英雄像」では草稿が紹介されています。この本はThe Wind in Middle-earthのグワイヒアさんが詳しくご紹介されています。

また、ツイッターでハッシュタグ #HoME6RS#HoME7TIをつけて気になったところ、面白いと思ったところを読書メモとしてつぶやいています。既読の方、これからお読みになる方もよろしければディスカッションできるとうれしいです。

SEIKAIHAさんがご紹介くださった Signum University では、以前この『影の帰還』を読むクラスがありました。その時のビデオや音声、資料は無料で公開されています(受講料や寄付によって運営されているとのこと。私も先日少額ながら寄付しました。)。iOSのiTunes Uは講座の概要がわかりやすくていいなと思いました。アプリをインストールの上でSignum Universityの「The Return of the Shadow」のコースを入手するだけです。

同じ内容をYoutubeでも見れますね。

関連記事

Footnotes

  1. ^J.R.R.Tolkien, Christpher Tolkien(ed.), The Return of the Shadow 1988

New Articles

Recommend