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Tolkien: Maker of Middle-earth(トールキン展)鑑賞レポート

会期終了もほど近い2018年10月半ば。オックスフォードへ赴き、『トールキン展』こと『Tolkien: Maker of Middle-earth』を鑑賞してきました。

Tolkien: Maker of Middle-earth

この展覧会は、オックスフォード大学・ボドリアン図書館のウェストン・ライブラリーにて2018年6月から5ヶ月のあいだ開催されたものです。トールキン教授のイラスト作品の原画や原稿だけでなく、幼少期の写真や父上への愛らしい手紙から後年になって届いたファンレターまで展示されていて、トールキン教授の生涯をたどることができるようになっていました。感想に「アルバムのようだね!」とコメントしている人がいましたが、よく言い表していると思いました。

会場はST Lee Galleryの一室のみですが、ショーケースが複数追加されています。じっくり鑑賞しようとしたら、順番待ち時間も含めて1時間半くらいかかるボリュームです。気に入ったものは何度か見て、心ゆくまで居残ったかもしれませんが…。人気があったのはやはり『ホビットの冒険』と『指輪物語』の原画・原稿のあるエリア。それと、会場中心にある3Dマップの前もいつも人がたくさんいました。

この3Dマップは、中つ国の地形が立体的になって、旅の仲間の軌跡が表示されるようになっています。ラウロスで三つに離散した旅の仲間の行程に、特に注意をひかれます。メリーとピピンがエントたちと進むアイゼンガルドへの道は、急峻なのでエントがいなければ到底無理だったのではないでしょうか。アラゴルンたちの行動はラウロスからミナス・ティリスまでずっと大急ぎだったことが動き方からわかりますし、フロド一行のルートは人里を離れ孤独な暗闇に自ら向かう旅であることがありありと示されています。

個人的に感動したのは、現在読んでいる『指輪物語』の草稿集の原稿や、その中で紹介されていた手紙があったことです。例えば木の鬚の登場シーンの原稿1などは草稿集にも含まれていますが、やはり生原稿は格別です。『指輪物語』の出版社アレン・アンド・アンウィン社の社長のご子息レイナー君からの「この物語は何と呼んだらいいですか?」というお手紙もあれば、マザルブルの書2まで。これはご自分で焦がしたり破ったりと本物のように加工されててもはや美術品の域です。

トールキン教授のイラスト作品の原画は、予想していたより小さいサイズでした。その小さな紙に緻密に描かれています。丸面チカさんがおすすめしていらしたのを見て単眼鏡を用意して持っていきましたが、これは本当によかったです。一作品ごとにじっくり鑑賞している方が多く歩みが遅かったので、周囲を気にしつつも単眼鏡を使うチャンスも多くありました。近くにいた少年がこっそり「あれは何?」と、お母さんに質問していましたね。
緻密さの中で感心したのは「Taur-na-Fuin」3です。木々の間は単なる暗闇(黒)でなく、奥の鬱蒼とした森の広がりを描いているんですよね。原画ゆえにじっくり観ることではじめて気が付きました。原画を鑑賞することで少なからずそういう類の発見があるだろうと期待していました。

今の時代感覚からは想像しにくいものですが、トールキン教授が『指輪物語』を執筆している頃は二度目の大戦の影響から物資が不足していたということを忘れてはいけません。ビールだけでなく食べ物にも不足があったということですが、紙もまた不足していました。余談ですけど、ルイスのファンがアメリカからハムを送ってくれたためハムの夕食の会があったというエピソードがありますね。4 トールキン教授が新聞紙やもらった手紙の封筒に描き残しているのは紙不足だけが理由ではないように思いますが、答案用紙の裏などどんな紙にでも書いて、描いている様をみると、教授に立派な紙の束を差し上げたらいったい何ができあがってくるのだろう?という思いが沸き起こってきました。

会場にはタッチパネルを自分で操作できるインタラクションが二種類あって、そのうちの一種類はエルフ語の学習とクイズになっていました。この中に、私がお気に入りの「さらばロリエン」の中でガラドリエルが歌うナマリエの詩をトールキン教授が節付きで歌うものが入っています。それをヘッドフォンで聴きながら会場を見渡すと、たくさんのお客さんたちが思い思いに鑑賞しているのを見えました。ある一人が作り出した世界を今になってもこんなに多くの人たちが大切にしているんだなぁと思うと(みなさんの思いはそれぞれでしょうけど)感動がこみ上げてきました。

トールキン教授の知識と技術の広さと深さがよくわかる展覧会なのですが、教授の素晴らしさの一つにこの熱意を若年から晩年まで持ち続けたことが挙げられると、会場で改めて感じさせられました。展覧会を見た後で『或る伝記』を読んだところ、ハンフリー・カーペンターが同様のことを記述していたので驚いたのですが、教授は自分の能力をうぬぼれることなく客観的に把握していた(信じていた)のだろうということも展覧会からよくわかります。後年になればなるほどその多才さを自ら融合させている、その力のあることに感銘を受けました。

こんなにも去りがたい展覧会ははじめてです。トールキン教授の原画をまたいつか拝見できますように。

トールキン展ポスター
展覧会名
Tolkien: Maker of Middle-earth
会期
2018年6月1日〜2018年10月28日
会場
オックスフォード大学 ボドリアン図書館 ウエストン・ライブラリー ST Lee Gallery
入場料
無料(予約制)

行くことができなくても、作家自身やトールキンの絵画作品に興味がおありでしたら、この展覧会の図録は必見です。クリストファ・トールキン氏は「J.R.R.トールキンの著作研究は、絵をぬきにしては完全でありえない」と発言されています。5

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